YAGOPIN雑録

世界あくせく紀行

ヴェネツィア

● ヨーロッパ編・シュヴェービッシュ=ハルの風景


 薄暗い部屋にカーテンの隙間から明るい日差しが入り込んでいる。その細い光で腕時計を照らすと既に10時半を回っているのが見える。体にかかったセーターやコートをはねのけ、床に敷いたマットレスから身を起こすと、中山や久世くんはまだ床の上で正体なく眠りこけていた。

 昨日の晩もユースは休みで、結局3人とも織野くんの寮に転がり込んで雑魚寝することになったのだった。寮の食堂でパンをかじり、本場ドイツのソーセージをほおばる。朝食はすぐに済み、この小さな町を見てまわる1日が始まった。

聖ミヒャエル教会
聖ミヒャエル教会

 シュヴェービッシュ=ハルはマンハイムからプラハに続く古城街道沿いの町である。11世紀に建てられたという聖ミヒャエル教会を中心に広がる町はまさに中世ヨーロッパそのまんま。教会の塔に登ってみると、当時の町の小ささというものが実感できる。教会よりも高い建物は何もない。黄色い工事用のクレーンが建っているのが見えたが、これは古い石造りの建物を復元する工事をしているところなのだそうだ。教会の向かい側にある市役所も、戦争で破壊されたものとまったく同じ建物を戦後に建てたものだという。その市役所と教会に挟まれた広場ではちょうど結婚式が行われているところだった。その同じ広場の隅には六角の星、いわゆる「ダヴィデの星」のマークがついている。この場所で50数年前にユダヤ人が迫害を受けたことを記憶にとどめるためにあるものだ。

コッハー川沿い
コッハー川沿い

 かつてはこの小さな町を城壁が囲んでいたのだが、今はかなり崩れていてほとんど残っていない。少し町を外れた丘の上には古い修道院があって、まるでお城のようにそびえている。町の中央にはコッハー川という川が流れていて、川べりは美しい公園になっている。川を見下ろすカフェのバルコニーで昼日中から当たり前のようにビールを飲む。川面には薄い雲が流れている。川向こうの塔のついた古い建物は、実は刑務所だというが、晴れた空の下では牧歌的な雰囲気さえ醸している。

ビールを飲みながら眺めた風景
ビールを飲みながら眺めた風景

 夕食は織野くんに菅原さんも加えて5人で中華を食べた。中華料理というのは世界どこに行っても存在していて本当に驚かざるをえない。決して安くはなかったはずだが、菅原さんがかなりの部分を負担してくれたので10マルク支払っただけで済んでしまう。

 そのまま織野くんも菅原さんもシュヴェービッシュ=ハル駅まで送ってくれた。2日前に買ったシュトゥットガルトからパリ行きの寝台券を手に2両編成のディーゼルカーに乗り込む。すっかりお世話になった織野くんや菅原さんにも、美しい中世ヨーロッパの街並みにも、そしてこの国ともお別れである。

 「チュイス!!」

 南部ドイツ方言でさよならを告げると(「Auf Wiedersehen」なんて年寄りしか使わないらしいぞ)列車の扉が閉まった。

 「ドイツも無事に終わったね」

 このとき、僕は、こう口に出して言ったことをはっきり覚えている。

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