YAGOPIN雑録

世界あくせく紀行

ヴェネツィア

● ヨーロッパ編・ミラノの風景


車窓にマジョーレ湖が現れる。
車窓にマジョーレ湖が現れる。

 さすが登山の国だけあってスイスでは駅でも5万分の1地形図が手に入ったりする。乗換えをしたブリークという駅で天気がよければ登るはずだったユングフラウの地形図を買う。ナチュラルな色合いのすばらしく美しい地図。まるで航空写真みたい。いや、たぶん航空写真よりきれい。そのかわりお値段も張って、この地図1枚で1000円近くする。自分の財布の中の小銭だけでは足りなくて、中山と久世くんの小銭も総動員してやっと買った。もうこの国の小銭には用はないから、ちょうど良かったのだけれども。

 乗り換えた列車の中で買ったばかりの地図をつらつら眺めていると、さっき通った長いトンネルはどうも世界最長のシンプロントンネルだったらしい。なんだかなんの感動もなく通り過ぎてしまってもったいないことをした。とはいってもまだまだトンネルは続く。トンネルを通るたびにすこしずつ天気が良くなってくる。U字谷、氷河湖。氷河の創り出した日本離れした風景の中を列車は進んでいく。パスコントロールがあってパスポートに「POLIZIA FRONTIERA(国境警察の意味か?)」と書かれた小さなスタンプが捺される。天気はもう完全に晴天になった。ああ、これがイタリアの太陽、イタリアの空か・・・。

ミラノ駅のホーム
ミラノ駅のホーム

 壮大な石造りのミラノ中央駅に着いたのは午後5時前のことだった。広い駅前広場にオレンジ色の路面電車が1台とまっている。高層ビルが1本そびえている。駅前にマクドナルド。なんだか広々としてとても近代的な風景だ。しかし駅前から少し歩くとすすけたようなピンク色や黄色の建物が立ち並び、街並みからも南欧らしさがそこはかとなく漂ってくる。そして、そんな建物をいくつか行ったり来たりして、ようやく今晩の宿が決まった。

 翌日の午前中、ミラノを見た。ファッションの街だけあって街自体も洗練された雰囲気だ。その街の中心にある大聖堂が最初の目的地。世界で2番目に大きな教会という巨大なゴシック建築なのだが、ここのすごいところは、なんとこの大聖堂、屋根の上まで上がれてしまうのだ。傾斜のついた石板の上に座って、屋根飾りの聖人像たちといっしょにミラノの街とアルプスの山々を眺める。天気は抜けるような青空。こんなとこで昼寝したらとっても気持ちいいだろうな・・・。


ミラノ大聖堂

大聖堂上からの眺め

内部

 でも教会の屋根なんかで昼寝して天罰があたるのも恐かったから、僕らはいそいそと地下鉄に乗って次の目的地に向かった。ミラノにきたらこれを見なくちゃならない、かの名画中の名画、レオナルド=ダ=ヴィンチの「最後の晩餐」だ。たいがいの絵は動かすことのできるものだから、こっちからわざわざ行かなくても絵の方からやってくることもある。「モナ=リザ」だって東京くんだりまでやって来た。でもこの絵はそういうわけには行かない。なんたって教会の壁にかかれたものなのだからこの絵が見たければ誰でもミラノに足を運ぶしかないのだ。僕らが行った日も、その教会の前はずらりと行列ができていた。人数制限のため中の人間が出てこないと中に入ることはできない。しばらく並び、何重もの扉をくぐるとようやくその部屋に入ることができた。

修復中の「最後の晩餐」
修復中の「最後の晩餐」

 絵は修復中だった。我々が見ている間も数人がせっせと作業を続けている。この絵は、かかれた直後からすでに剥落が始まっていたというからその傷み具合もまたひどい。しかし・・・すばらしかった。なにがすばらしいかと言われれば、それはその圧倒的な臨場感なんだ。

「汝らのひとり、我を売らん。」

 キリストの言葉に動揺する12使徒。あるいはとまどい、あるいは興奮する。食器はかちゃかちゃと、椅子はがたがたと音を立て、ざわめきの中、キリストは静かに、そしておごそかに言葉を続ける・・・。そんな場面が遠近法の効果のもと、あたかも眼前に展開されているかのように見える。しかも。この部屋はもともと食堂だったのだ。かつてこの絵を眺めながら食事を取った人々は、それが壁に付着したただの絵の具であることも忘れ、みずからもまた最後の晩餐に同席してキリストの声に耳を傾けているような気分になったはずだ。

 「取りて食らえ、これは我がからだなり。汝ら皆、この酒杯より飲め。これは契約の我が血なり。多くの人のために罪の許しを得させんとて、流すところのものなり。」

 なんだかまさにヴァーチャル・リアリティの世界だね、これは。

前へ ↑ ホームへ 次へ
  3       10 11 12