YAGOPIN雑録

世界あくせく紀行

ニューヨーク

● アメリカ編・ナイアガラの水煙

10日目・11月17日(日曜日)~11日目・11月18日(月曜日)

 だだっ広いホテルの部屋で、パスポートを開き、メイプル・リーフのスタンプを眺めた。さっきタクシーで国境を越えたばかり。通関でパスポートを見せただけで手続は終わり、あっけなく隣国カナダへの入国が認められた。ボストン市街にほど近いローガン空港を離陸したのが今日の午後3時前。いったんハブ空港となっているシカゴ・オヘア空港まで行ってからナイアガラの滝に近いバッファロー空港まで逆戻りする。ボストンからバッファローまでの直航便が飛んでいないからだが、おかげで10日目はボストンからナイアガラまでの移動だけで終わってしまった。ナイアガラに着いたのは8時すぎ。外は暗やみだが、このホテルルネッサンス・フォールズビューからはその名の通り虹色にライトアップされたナイアガラの滝が見える。シーズン中なら 300ドルはするホテルだが、今はオフ・シーズンなので格安だ。

 翌日は、あいにくの曇り空だった。ホテルで朝ご飯を食べてから滝の方へと下りてきた。中山は、ちょっと苦しそうにしている。わざわざ日本人のシェフが出てきてくれたにもかかわらず、メニューの説明がいまひとつ分からなかったので、「とりあえず全部もってきて」などと言ってしまったからだ。中山がハムエッグやらホットケーキやら膨大な量のブレックファストと死闘を繰り広げているのを横目で見ながら、僕は素直にバイキングにしておいてよかったと心から思ったものだ。

 きのう夕飯を食べたデニーズの前を通り、しばらく坂を下りていく。滝というと、日本だとなんとなく深い山のなかに一筋の白糸、というイメージなのだが、ここは山の中でもなんでもなく、まるっきり町の中であり、カナダ側、アメリカ側にそれぞれナイアガラ・フォールズ市という町がある。米加国境のナイアガラ川はエリー湖から両岸の陸地とほぼ同じ高さで流れてくるのだが、ナイアガラの滝で一気に60mほど落ち込み、ナイアガラ・フォールズ市の辺りでは川は深い渓谷となるのである。ナイアガラ川は滝の近くでゴート島を挟んで二股に分かれているため滝も2本かかっている。左岸寄りがアメリカ滝、右岸寄りがカナダ滝で、カナダ滝は上から見るとアーチ型をしているため馬蹄滝とも呼ばれている。2つの滝は、その幅を合わせると約1kmにも及ぶ。幅1kmほどでゆったりと流れてきたナイアガラ川が、狭い(といってもゆうに数百mはある)渓谷へと流れこむ、その位置にあるのがナイアガラの滝というわけなのだ。

アメリカ滝(手前)とカナダ滝(奥)
アメリカ滝(手前)とカナダ滝(奥)

 谷沿いの道は公園のようになっている。渓谷の向こう側の崖に白いレースのカーテンが2枚かかっているように見える。左側がアメリカ滝、右側がカナダ滝。音をたて、しぶきをあげて、流れ落ちている。いや、それでは普通の滝と変わらない。あえて表現しようとするなら、響きをたて、煙をあげてというような感じになるかもしれない。とにかく大きい、幅広い。もはや断崖の一部になっているといってもいい。黒々と続く崖の間に白い色をした崖が挟まっている、そんな感じだ。

 だらだらと歩いて両岸をつなぐ橋のたもとまで来る。橋の名前は「レインボーブリッジ」という。どっかできいたような名前。通行料金25セントをとられる。USドルでもカナダ・ドル(1ドル=80円くらい)でもOKというアバウトさで、カナダ・ドルの方が少し得になるのだが、まだ両替を済ませていなかったのでアメリカのクォーター貨を回転バー式の改札にほおりこむ。昨日はタクシーで渡った長い橋を歩いていくと、真ん中へんの手摺りに長方形の金属板がはめこまれている。「INTERNATIONAL BOUNDARY LINE」。 国境だ。飛行機や列車で国境を越えたことはあるが、歩いて越えたのは初めてだ。ただの橋の上。県境、市境、村境を越えるのと少しも変わりない。橋を渡り終えたところにあるアメリカ側の入国管理事務所でもパスポートを見せるだけで簡単に通過になる。ほんとに見せるだけ。僕なんかJAPANと書かれた表紙を見せただけで入国許可になった。

公園のリス
公園のリス

 冬季なので観光船などは運休している。しょうがなく公園をたらたら歩いていくと、黒や茶色の栗鼠がぴょこぴょこと顔を出す。栗鼠の写真を撮りながら、さらに歩いていくとアメリカ滝の上に出た。すさまじい水煙。水しぶきが容赦なくふりかかる。ものすごい水量だ。こんなにたくさんの水が海に流れてしまったら地球上の陸地には一滴の水もなくなってしまうのではないか、そんな危惧を抱かせるほどのたくさんの、たくさんの、たくさんの水が流れ流れて落ち落ちていく。その流れ落ちる水のはじっこに一匹のマガモがちょこんと座って、この雄大な自然をじっと眺めていた。うっかりして流れに呑み込まれたらあっという間に滝壷まで行ってしまいそうな危うい場所だったが、たしかにあの場所でずうっと滝を眺めてたたずんでいたら、悩みも焦りも恐れも怒りも、みんな滝の水と一緒に流れ落ちていくんじゃないか、そう思った。

 スリー・シスターズ・アイランド、「三姉妹島」まで往復し、ゴート島を半周くらいしてから市内へ戻ってきた。廃墟になった古いビルのところから新しいショッピング・モールの方へ歩いていく。レートは悪かったがここでようやくUSドルをカナダ・ドルに替えることができた。ついでに昼飯もここで済ませることになり、ショッピング・モールの中にあるアヤしげなチャイニーズのファストフード屋で、アヤしい日本語を操るオヤヂからアヤしい焼きそばを受け取り、ベンチで食べる。アヤしいアヤしいといいながら、けっこううまかった。ちょっと買物をしてから郵便局へ行って切手を買う。うろうろしていたら親切なおじいさんが聞いてもいないのに滝へ行く道筋を教えてくれた。

 カナダ側へ戻って最後に「滝の裏側ツアー」を見にいく。4ドルちょっとの入場料を払ってエレベーターを降り、トンネルを歩いていくと、トンネルの行き止まりにぽっかりと穴があいていて、そこが滝の裏側。水が上から下へとどばどばと流れていて向こう側も見通せない。そんななんだか分かったような分からないようなものを見せられておしまい。トンネルを出てきてからも???って感じでぼけっと滝を見ていたら、東洋系の観光客に写真を撮るのに邪魔だと追い払われてしまった。

 最後のディナーは奮発して、ホテル最上階のレストランで滝を眺めながらの食事となった。左の窓にナイアガラの夜景、右のテーブルには語らう恋人たち。真っ正面に座っているのが中山というのが、まったくもってトホホであったが、それは向こうも同じだったろう。アメリカに来てからは、いつもバドワイザーかハイネケンだったが、今晩ばかりはワインを頼んだ。なんとなくいい酔い心地になった。少し夜更かしして語り合った。旅は静かに終わりを迎えた。

【完】

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