YAGOPIN雑録

世界あくせく紀行

ニューヨーク

● アメリカ編・ハリウッドの灼熱

1日目・11月8日(金曜日)

 最初の大学受験に失敗した僕の当面の行き先となった某予備校の8階の教室の前の席に座っていた男、それが中山淳だった。彼との付き合いはそこから始まり、ふたりとも希望の大学に入ってからも依然して付き合いは続いていた。僕らの予備校のクラスはわりと雰囲気がよくて卒業後もときどき集まっていたし、大学に入ってからも中山と僕の間には共通の友達が多かったという理由もある。それに僕は旅行の具体的な計画立案準備実行は、まあそれなりにやってのけられるのだが、いかんせん優柔な性格なのでその前に行くか行かないかという決断ができない場合が多い。そんな僕にとって即断即決できる中山のような友達は旅の道連れとしてとてもありがたい存在なのだ。

 もちろん今回の旅行も完全に中山主導で始まった。

 「なあ、こんどアメリカ行こうぜ」

 「アメリカかぁ、いいねえ」

すると、しばらくして、忘れた頃に、

 「あした、HISで飛行機と宿の予約とろうぜ」

 僕が忘れている間に旅行の予定はすべて完璧に立てられていたのであった。ロスアンゼルス・サンフランシスコ・ニューヨーク・ワシントン・ボストン・ナイヤガラフォールズ…、西海岸、東海岸の6都市を13日間で回るというとてつもない計画が。そして僕らは今その最初の目的地・ロスアンゼルスに着いたところ、というわけなのだ。

 現在時刻は1996年11月8日、午前11時を回ったあたり。日本時間だともう9日の朝4時だ。友達の家かなんかで徹夜で飲んで、ああ、もうそろそろ始発が出るな…、でも朝は寒いからなあ、なんてころ。しかしはかんかん照りのいい天気でしかも異常気象で気温は30℃以上ある。飛行機に長いこと揺られ、というか振り回され、ロスアンゼルス国際空港からホテルまでのシャトルバン(乗り合いタクシーみたいなもの)でまた揺られ、さらにおまけにボラれたおかげでずいぶんとくたびれたが、とりあえずお昼を食べようということになる。

 マクドナルドに入る。ここがアメリカだからかロスアンゼルスだからかハリウッドだからか知らないが、随分ケバめの内装である。でもあとはふつうのマック。と思ってあなどってはいけない。バリューセット(らしきもの)を頼んだら無愛想な店員がざばざばと大量のポテトをぶちこみ、どさどさと大量の袋入りケチャップをトレーに乗せ、レギュラーサイズを頼んだはずなのに明らかに日本のLサイズ並みのコカコーラをどんと置く。本場のマックとはこういうものか。

チャイニーズ・シアター
チャイニーズ・シアター

 半分ほど残ったコカコーラをごみ箱に放りこみ店を出た。とりあえずハリウッド通りをうろうろする。歩道に映画スターなどの名前が書かれた星型のマークが埋め込まれているが、知ってる名前は見当たらない。いろんな店が並んでいるが結局のところいちばん多いのは土産物屋だ。そのひとつをのぞくと「ホエールウォッチング」と題された絵はがきがあって、まるまると太ったおばはんのヌード写真が載っていた。そういえば道行く人もやたらに肥えた人が多い。しかもすごく偏った太り方をした人をよく見かける。腰回りが膨らんで体全体が風船のようになっているおばさん、どう見ても妊娠しているとしか思えない体型のおっさん、などなど。みんな長生きできるとはとても思えない。ロスアンゼルスは典型的な車社会。むかし自動車メーカーが路面電車を買い占めて全部廃止してしまったとかで、公共交通がバスしかない。人々はみんな車を使うし、しかも食生活はさっきのマックじゃないけど、脂っこいものをばくばく食べて、甘いものをがぶがぶ飲むといった状況なんだろう。これで太らないほうがおかしい。かわいい女の子が、だぶだぶの贅肉をもてあましたお母さんに手を引かれている光景なんかを見るとかわいそうというかもったいないような気になる。他人事ながらこの国の行く末を案じてしまう。

 そんなのを見ているととてつもなく暑苦しくなったのでフローズンヨーグルトを買って食べる。前に観光バスが止まり、日本人観光客がどやどや降りてきた。新婚旅行らしいカップルばっかで一抹のむなしさを感じる。車がないとどこへも行けない街だから僕らはハリウッドから動けない。最近あわてて地下鉄を造っているらしいがハリウッドではまだ工事中である。ダウンタウン(中心街)に行くにもバスしかない。結局だらだらと過ごしてホテルに戻る。夕飯はしょっぱなからいきなり日本料理店に入り、てんぷら蕎麦を食って、サッポロビールを飲む。隣のスーパーで明日の朝食を買い込む。パンがいかにもゲロ甘といったような砂糖だらけのものしか売っていない。いったいこの国の食文化はどうなってんだ…。

 なんか1日目は、なんとなくそれまでも感じていたアメリカに対する嫌悪感を、さらに深めただけで終わってしまった。

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