YAGOPIN雑録 世界あくせく紀行
 
 ● アメリカ編・プロローグ
 
 

 そのライトバンはダウンタウンに向かっていた。天気は良好。いや良好すぎる。11月だというのに真夏の暑さだ。幅の広いハイウェイを走るバンの、少し開いた窓から入る風がひどく心地よい。

 ダウンタウンの摩天楼がすぐ目の前に迫ると、車はランプウェイの渦巻きを回ってハイウェイをおりた。あるホテルの前でとまる。この車のなかでいちばんまともな格好をした紳士がバンを降りる。彼の荷物をトランクから降ろし、運賃を受け取った黒人の運転手が戻ってくると、前の席の男が尋ねた。

 「ここはどのくらいするんだい?」

 「やめときな。 200ドルはするぜ」

 「ハッ。そりゃ貧乏人には無理ってもんだ」

 たぶんこんな会話が交わされたのだろう。空港からずっと耳をすませているが、語学力の乏しい僕にも分かったのは、前の席の濃いめのマッチョ男がアボリジニ系のオーストラリア人で、今晩とまる安宿を探しているということだけ。ここで黒人運転手が何かジョークをとばしたらしい。濃いいオーストラリアンは笑い転げ、隣の席に座っている中山も何やら愉快そうに笑っている。こいつは前にアメリカ一人旅をしており、今回も英会話の勉強をしてからきたというから、それなりに向こうの言うことが分かっているらしい。普段の僕ならここで分かったフリして愛想笑いのひとつもしてしまうところだが、今はそんな心境じゃない。ひたすら眠い。昨日の飛行機はぜんぜん眠れなかった。というより寝させてくれなかった。サンフランシスコ上空。左下に金門橋が見える。太平洋上空、機内食も食い終わって寝るしかなくなったころ、僕は隣の空席に頭を倒し、アイマスクをつけて就寝モードに入った。「ポーン」。シートベルト着用のサインが鳴っても構わずそのまま寝ていると、ご丁寧にスチュワーデス(残念ながらかなりお年を召された方である)が揺り起こしにかかる。しょうがなく体を起こし、のろのろとベルトをつける。そのとたん!!!

 (すうっ)落ちるうううううううっ!?(ふわっ)上がるううっ! 

 (ぐらっ)うわっまた落ちるううっ!!(がくっ)また上昇かっ!?

 (ぐわっ)あっ、やめろ!! 落ちるな落ちるな!!

 (ぐらぐらぐらっ)ぎゃあああ…ああああ…     

 …こんな夜のあとだ。さっさとホテル行って寝たい。なのにこの運転手はさっきから見てると遠回り遠回りしているように僕には思える。ジャップだと思ってなめてかかってんじゃないのか?

 ふと気になって隣の中山に尋ねる。

 「ねえ、小銭がないんだけど。チップどうする?」

 「はっはっは。なんだそんなことか。オレに任せとけって。いざとなったらオレと同じ、セイム、とか言っちまえばいい」

 さすが中山先生。分かってらっしゃる。もう大船に乗った気でいちゃうもんね。

 車はビバリーヒルズをかすめてハリウッドに入ったらしい。巨大都市ロスアンゼルス。街もでかけりゃ、道も広い。碁盤目に敷かれたブールバール(大通り)を車が行き交う。バンはハリウッド大通りを逸れ、ある建物の駐車場に入った。黒人運転手が建物に入る。中で交渉しているらしい。出てきた。オーケー。オーストラリア人が車から降りて運転手に大げさなお礼を言う。ここは彼でも泊まれる安宿らしい。濃いいやつが降りてバンの中は中山と僕と運転手だけになった。僕らのホテルへはそこから目と鼻の先だった。

 やっと着いた。衣類の詰まったバッグを肩にかけてバンを降りた。空港から市内までの運賃は確か15ドルである。中山は20ドル札を手にして何事かを運転手と話した。うんにゃらかんにゃらほにゃららら。中山は20ドル札を手渡した。僕も同じようにした。

 だだっぴろくて何もないホテルの部屋に入った。中山が妙に落ち込んでいる。

 「おまえ、あの運転手がなんて言ったか分かったか?」。

 「え? 分かんないけど、こんなにチップもらっちゃっていいの?とかそんな感じ?」

 「オレが釣りを3ドルくれと言ったら、あいつは、車でロサンゼルス観光できたんだから20ドルで釣りはいらないだろって言ったんだ。言い返してやりたかったけど疲れてて言葉がでなくてな…。日本人だと思ってボラれたんだよ…」

 こうして僕らのアメリカ旅行は始まった。

 
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