YAGOPIN雑録 世界あくせく紀行
 
 ● ソウル編・4
 
 

 昌徳宮から南に歩くと鐘路(チョンロ)という大通りに出る。鐘路は東大門(トンデムン)と西大門(ソデムン)を結び、ソウルを東西に横断する古くからの幹線道路である。1960年代までは路面電車が走り、1974年からは地下鉄1号線が通りの下を走っている。建都当初は特権的な御用商人が店を構える通りだったともいう。その鐘路を東大門まで歩く。

東大門。後ろに甕城があるが、修復工事中。 東大門の付近には南大門市場と並ぶ東大門市場があり、鐘路にも店や露店や屋台がひしめいて、歩道は人でごった返している。東大門の正式名称は「興仁之門」。四大門のうち現在もそのまま残っているのは南大門と東大門だけで、正門にあたる南大門が国宝第一号となっているのに対し、東大門は宝物第一号となっているそうである。左右の城壁が撤去されて門楼だけが残っているのは南大門と同じだが、この東大門は、門の外側が「甕城」と呼ばれる半円形の城壁で囲まれているのが特徴で、甕城と城壁に囲まれた半円形の広場に入らないと門を行き来できないような構造になっている。日本の城門も、いったん枡形と呼ばれる石垣に囲まれた広場に入らないと門を通れないようになっているが、それと同じような発想によるものと言えよう。

 くたびれたので東大門の近くにある喫茶店でコーヒーを飲んだが、これがすこぶる不味いコーヒーだった。東大門からは汝矣島(ヨイド)に行くため、鷺梁津(ノリャンジン)という駅まで地下鉄に乗るが、どういうわけか水産市場の中にまぎれこんでしまい、さらに幅の広い自動車専用道路に阻まれて先へ進めなくなってしまったので、やむなく鷺梁津駅からタクシーを使うことにする。なお、この鷺梁津駅はソウルと仁川を結ぶ韓国最初の鉄道が建設されたとき、そのソウル側のターミナルとなった駅であるそうだ。

大韓生命63ビル 汝矣島は、ソウルを流れる大河・漢江(ハンガン)の中洲のようになった島で、かつては汝矣島空港が置かれていた。1958年に国際線が金浦空港に移ったため汝矣島空港は国内線専用空港となり、1964年には国内線も金浦空港に移ったので、やがて汝矣島空港は廃止された。その跡地は新都心として開発され、丸いドームを持った国会議事堂もこの汝矣島に建てられている。また、汝矣島にはソウルでいちばん高いビル・大韓生命63ビルがある。漢江沿いに建てられた地上60階、地下3階建ての超高層ビルで、表面は金色のガラスで覆われている。高速エレベーターで展望台まで昇ると、眼下に漢江、対岸には南山(ナムサン)とその頂上に建てられたソウル・タワーが見える。南山の裏側が先ほどまで我々のいたソウルの中心市街である。もともとソウルは漢江の北岸に発展した町だったが、今では漢江の南岸の発展がめざましい。この汝矣島や、高級ブティックなどの集まる狎鴎亭洞(アックジョンドン)、ソウル一のテーマパークであるロッテ・ワールドのある蚕室(チャムシル)などはすべて漢江の南側にある。

 汝矣島には63ビルや国会議事堂があるほか、ソウルの主なテレビ局であるKBSやMBCがあったり、証券取引所が置かれていたりする。また、63ビルの近辺には高層アパートが多く建ち並んでいる。63ビルから眺めてもソウルの町のあちこちにこうした高層アパートが建っているのが見られた。ソウルの人口は約1000万人、京畿道(キョンギド)・仁川市を合わせた首都圏の人口は約2000万人で、これは韓国の総人口4500万人の半分弱にあたる。こうしたすさまじい首都圏への人口集中をこれらの高層アパートが吸収しているようにも見える。

 汝矣島駅から地下鉄で再び旧市街へと戻る。「ソウルの銀座」明洞まで行こうと思うのだが、5号線の汝矣島から4号線の明洞駅へ行くには遠回りして東大門の方まで行くか、あるいは2回乗り換えるかしなくてはならない。どうしたものかと考えていると「どこマデ行きますカ?」と日本語で呼びかけられた。振り向くとそこにはあまり風采のあがらない40歳代と思われるおじさんが立っていた。明洞までと言うと、そのおじさんはポケットからぼろぼろの地下鉄路線図を取り出し、路線を指でたどっていたが、何度やってみてもうまい答えは見つからない。そのうち焦り出したおじさんを見て、なんだかこちらの方が気の毒になってしまったが、なんとか鐘路3街と忠武路(チュンムロ)で乗り換えればよいでショウ、ということになった。新吉(シンギル)とソウル駅で乗り換えた方が早いのではないかな、と我々は思っていたが、まあせっかく受けた親切を無碍にするのも気がひけるので、お礼を言って鐘路3街方面のホームに降りる。

 ところがしばらくするとそのおじさんが後ろに立っていて「ワタシもトモダチに会うので南大門に行きマス。」とかなんとか言いながら同じ地下鉄に乗り込んできた。ニホンゴを勉強してマスノデ、ということで、乗り込んだ地下鉄の車内でもカタコトの日本語でいろいろ話をしてくれたが、済州(チェジュ)島の出身で電気機械の会社に勤めていてソウルに出張で来ていて明日帰る、娘が2人いるとかそんな話をしていたと思う。出張で来ているわりには汚い格好だなあ、と感じたが、今日はフリーなのかもしれないということにしておく。大阪のツルハシに知り合いがいます、ともいう。そういえば大阪市生野区の鶴橋は韓国人が多い町として知られている。明洞では買い物ですカ? ロッテワールド免税店がよいデス、などと言ってくる。いや夕飯を食べにいくのですということを言っても、ロッテワールドがよい、という話を何度もする。携帯電話をいくどとなく取り出している。ソウルでは地下鉄の中でも携帯が使えるらしい。いちど誰かからの電話がかかってきていた。

 鐘路3街で乗り換えたがおじさんはまだついてくる。案内してくれているつもりなのかもしれないが、忠武路で再度乗り換えようとして、どっちへ行ったらよいのかわからなくなるなど非常に手際が悪い。結局ここからなら明洞までは歩いてもすぐデス、などと言って忠武路で降りてしまった。っていうかおっさん、南大門へ行くんじゃなかったか? さらに忠武路でそのおじさんのトモダチとばったり会ってしまう。彼も済州島の出身デス、などと言っているが、じゃあ最初に「ワタシもトモダチに会うので南大門に行きマス。」と言っていたのはいったいなんだったのか? 非常にうさんくさいことになってきたが、とりあえず明洞方面に向かっていることは確かなようなので、ちょっと距離を空けてついていく。道がよくわからないらしく、おじさんはますます焦りだし、異様に早足になっている。途中、通りすがりの人に道を聞く。もうめちゃくちゃである。

 かなり歩かされた挙げ句、なんとか人でごった返す明洞へとたどりついた。あいかわらず「ロッテワールド」「ロッテワールド」を繰り返して、そちらの方へ連れて行こうとしているようだ。今までにも何度となく買い物する気はない、と言っていたが、父が再度はっきり「買い物するわけではないので、この辺でお別れしましょう。」と言うと、「そうですカ。それじゃさよなら。」とおじさんはあっさり消えてしまった。まったくもって謎は深まるばかりである。父は、免税店へ連れて行き、手続きをしてくるとかなんとか言ってパスポートを盗む気だったのではないか、などと推測していたが、果たしてどうだったのか。相手から日本語で誘われたときには絶対についていってはいけないというのは海外旅行の鉄則だが、今回の場合、特別なにかを誘われたわけではなかったのと、とても悪巧みをしているとは思えないほど相手の手際が悪かったので、最初はただの親切なおじさんなのかと思ってしまったのであった。

 なんだか後味が悪かったが、仕切りなおしに明洞で焼き肉を食べる。皿に盛られた肉をすべていっぺんに焼いてしまうのが韓国流らしく、とにかく焼けた肉をどんどん食べていかないと焦げてしまう。カルビは骨付きのものを店の人が鉄板の上でじゃきじゃきとハサミで切って焼く。サンチュ(焼き肉を包むレタスのような葉)で包みながらなんとか焦げないうちに食べ切って、さらに冷麺(ネンミョン)も頼む。スープの上に麺が入った平壌(ピョンヤン)式の水冷麺(ムルネンミョン)と、スープがなく唐辛子味噌がからめてある咸興(ハムフン)式のピビン冷麺があるそうだが、辛いものが苦手なので水冷麺を頼む。冷麺も器の中にハサミを入れてじゃきじゃきと切ってから食べる。ビールを飲んで父もかなりご機嫌になった。かなり歩いて疲れたのでタクシーでホテルに帰り、帰ったとたんにすぐ寝てしまった。

 
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