YAGOPIN雑録

世界あくせく紀行

「浦東新区」遠望

● 上海・北京編・1


 旅行中は地図を見ながら行動することにしている。方向音痴だということもあるが、やはりその土地を知るためには蟻の目と鳥の目の2つを持っていなければならないと思う。それになんといっても地図というアイテム自体が好きなのだ。

 そして今、その地図を見る限りでは、僕らの乗ったタクシーは、あらぬ方向へと向かって走っている。高層ビルと電飾広告と道路標識の流れていく高速道路からの上海の夜景は驚くほど東京のそれと大差がない。今回の旅の道連れである仲本氏はさっき露店で買ったオレンジをひざに抱えて満足そうにしている。中国リピーターである彼は心底この国に惚れ込んでいるらしい。しかし、彼の大胆さ、裏を返せば大雑把さは、僕にとっては頼もしくもあり、一方でまた頼りなくもあった。

 忙しい1日だった。夜行バスで愛知県豊田市から東京へ。朝から中国情報を求めて虎ノ門の中国政府観光局や神保町の中国書の専門店など東京中をかけめぐり、資料がそろうとそのまま成田空港へ。上海虹橋空港着20時07分。「地球の歩き方」のホテル案内のページをタクシーの運転手に指し示して宿を探すが、1軒目の「華南賓館」は満室だった。2軒目の「上海体育運動員之家」はその名のとおり体育運動員しか泊めてくれないようだった。仲本氏は3軒目に町の西のほうにある宿を選んだ。しかしうなずいたタクシーの運転手は、東へ東へと車を走らせている。

 延々と高速道路を走り続けてようやく下界へと降りた。あれだけ走ったのに手元の上海市測絵院編制・上海市交通図からは抜け出せていない。まるでお釈迦様の手の中の孫悟空のようだ。薄暗い工場の脇をすり抜け、古い路線バスのあとをついてしばらくごとごとと進み、広い通りに出るとようやくタクシーはとまった。「長陽飯店」という看板がかかっている。なんのことはない。仲本氏はホテル案内を1行まちがえて指差してしまっていたのだった。

 受付の女性はなかなかきれいなひとだった。仲本氏も嬉々として口説き始めた、ではなかった、空室の状況をたずねていた。しかし彼女が指差したのは料金表の一番上にのっている「DELUXE SUITE」。仲本氏がその下にある「TWIN」や「SINGLE」を指差しても彼女は「没有 (メイヨ)(=ありません)」と首を振るのみ。仲本氏はまたTWINを指差す。彼女は「没有」と首を振る。「TWIN」を指差す、「没有」と首振る、「TWIN」を指差す、「没有」と首振る、「TWIN」を指差す、「没有」と首振る、「TWIN」を指差す、「没有」と首振る、「TWIN」を指差す…、

 「…有。」

  おいおい、やっぱりあるんじゃないか。ねーちゃん、かわいい顔して商売うまいね。

 …しかし、無事に290元 (約4,500円)のツインに泊まることのできた僕らではあったが、その代償としてか、僕は真夜中に流れないトイレの修理をしなくてはならない羽目に陥ってしまうのであった。

(漢字表記について…簡体字は元の漢字で表記しています。)

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