先週末の写真です。今回は趣向を変え、説明つきでまとめて載せてみたのですが…、なんか見づらくなってしまいました。クリックすると拡大します。
今日は梅雨空ですが、昨日は比較的いい天気だったので、浜松町の世界貿易センタービル、旧芝離宮庭園、増上寺、愛宕山の放送博物館など、港区内を散策していました。そろそろ夏の訪れを感じさせる蒸し暑さ、旧芝離宮の紫陽花だけが涼しげに咲いていました。
東北旅行の写真です。今回は松尾芭蕉の旅と重なるところが多かったので、合わせて「おくのほそ道」の文章を写しておきます。まずは山寺から。
山形領に立石寺と云山寺あり。慈覚大師の開基にして、殊清閑の地也。一見すべきよし、人々のすゝむるに依て、尾花沢よりとつて返し、其間七里ばかり也。日いまだ暮ず。梺の坊に宿かり置て、山上の堂にのぼる。岩に巌を重て山とし、松栢年旧土石老て苔滑に、岩上の院々扉を閉て物の音きこえず。岸をめぐり岩を這て仏閣を拝し、佳景寂寞として心すみ行のみおぼゆ。
閑さや岩にしみ入蝉の声
芭蕉が立石寺を訪れたのは7月の初頭、今はまだ6月なので、せみの時期には少し早かったようです。仙台の東照宮を訪れたことは、おくの細道本文には出てきませんが、随行した河合曽良の日記の中にあります。
一 <五月>七日 快晴。加衛門同道ニ而權現宮<東照宮>を拝、玉田・横野を見。
仙台東照宮は仙台藩第二代・伊達忠宗により造営されました。芭蕉が訪れたのは造営から約30年後。本殿・唐門・随身門(写真)などは重要文化財として今も残ります。そして松島。
抑ことふりにたれど、松島は扶桑第一の好風にして、凡洞庭・西湖を恥ず。東南より海を入て、江の中三里、浙江の潮をたゝふ。島々の数を尽して、欹ものは天を指、ふすものは波に匍匐。あるは二重にかさなり、三重に畳みて、左にわかれ右につらなる。負るあり抱るあり、児孫愛すがごとし。松の緑こまやかに、枝葉汐風に吹たはめて、屈曲をのづからためたるがごとし。其気色、よう然として美人の顔を粧ふ。ちはや振神のむかし、大山ずみのなせるわざにや。造化の天工、いづれの人か筆をふるひ、詞を尽さむ。 <中略>江上に帰りて宿を求れば、窓をひらき二階を作て、風雲の中に旅寝するこそ、あやしきまで、妙なる心地はせらるれ。
松島や鶴に身をかれほとゝぎす 曽良
予は口をとぢて眠らんとしていねられず。
よく言われる「松島やああ松島や松島や」の句は後世の狂歌師・田原坊という人の作だそうで、芭蕉はこの絶景にふさわしい句を詠むことができず「口をとぢて」しまったようです。「おくのほそ道」には代わりに曽良の句が載せられています。その曽良の日記。
一 九日 快晴。辰ノ尅、鹽竈<塩竃>明神ヲ拝。帰而出船。千賀ノ浦・籬嶋・都嶋等所ゝ見テ、午ノ尅松嶋<松島>ニ着船。茶ナド呑テ瑞岩寺<瑞巌寺>詣、不残見物。
国宝の瑞巌寺や、松島のシンボル・五大堂は、伊達政宗の造営になるもの。芭蕉のころには「金壁荘厳光を輝、仏土成就の大伽藍」だったそうです。障壁画は復元されて金色の輝きを取り戻していますが、欄間のすばらしい彫刻はだいぶ剥げ落ちてしまいました。
![]() 山形新幹線 |
![]() シャガの花とお地蔵さん (立石寺奥の院への参道にて) |
![]() 立石寺からの眺め |
![]() 仙台東照宮 |
![]() 五大堂に続く透かし橋 |
![]() 観瀾(らん)亭から松島を眺める。 |
週末は久しぶりに東北に行っていました。3日土曜日は、山形新幹線で山形へ⇒乗り換え時間の間に山形市内をぶらぶら。旧県庁の建物・文翔館(重文)や山形城址を見る⇒山寺(立石寺)に参詣⇒宮城県の作並温泉に宿泊。4日日曜日は、作並から仙台中心部へ⇒仙台東照宮、定禅寺通りを眺めて、昼食に牛タンを食べる⇒仙台東方の塩竃市から遊覧船で松島へ⇒五大堂(重文)・瑞巌寺(国宝)を拝観。観瀾(らん)亭で抹茶とずんだ餅をいただく⇒仙台から東北新幹線で帰京、というような行程でした。「閑さや岩にしみ入蝉の声」の立石寺、仙台東照宮、塩竃から松島への船旅、瑞巌寺、と松尾芭蕉が「おくの細道」の旅で見た名所が多く含まれます。眠いので写真はまた後日。おやすみなさい。
午後から本日開催中のイベントを2つ回ってきた。
1つ目は東京大学の五月祭。ふらふらと三四郎池や安田講堂のあたりを散歩しつつ、屋台のたこ焼きをつまみに化学科のビール園で500ml缶を1本空け、農学部の利き酒企画で日本酒を5種類飲んで、完全に出来上がってしまう。われながらいったい何をしに東大まで行ったんだかという感じである。
東大前から西ヶ原まで地下鉄に乗って、2つ目の旧古河庭園へ。ここは今、バラ園が見ごろということで、庭園の夜間ライトアップが行われているのである。バラにもけっこういろいろな種類があって、それぞれのバラに、名前と作られた年を書いたプレートが添えられている。1966年の「聖火」は、東京オリンピックの記念かな、1997年の「プリンセス・オブ・ウェールズ」はダイアナ妃追悼のために名づけられたのかな、などと推測しながら回っているうちに日暮れとなり、バラと洋館が闇の中に浮かび上がって、なかなか優雅な雰囲気になっていた。
![]() 東京大学安田講堂 |
![]() 旧古河庭園のバラ |
金・土と久しぶりに関西へ行く用事ができたので、土曜日の朝から京都・妙心寺へ行ってきた。目的は、法堂(はっとう)の天井に描かれた狩野探幽の「雲龍図」。以前に見た相国寺法堂の狩野光信の龍、泉涌寺舎利殿の狩野山雪の龍もすごいものだなと思ったが、この「雲龍図」の龍はさらに大きく、しかも太めの線で力強く描かれていて飛び出すような立体感がある。法堂内に保管されている国宝の日本最古の鐘や、塔頭の退蔵院の庭園なども見られて、なかなか見ごたえがあった。午後は箕面大滝の前で大阪に住む弟夫妻と待ち合わせたが、携帯電話が圏外になっており、会えるまでに大量のマイナスイオンを浴びる(マイナスイオンにはストレス軽減等の効果があるそうな。)。今日日曜日は、十何年かぶりで立川の昭和記念公園へ。天候に恵まれたので、サイクリングで楽しく公園を回ってきた。
![]() 妙心寺法堂 |
![]() 退蔵院庭園「余香苑」 |
![]() 箕面大滝 |
![]() 昭和記念公園 |
![]() 伊香保温泉・石段通り |
![]() 露天風呂入り口 |
![]() 水沢観音・水沢寺 |
![]() 水沢うどん |
多少仕事が落ち着いてきたこともあり、久しぶりに群馬県の伊香保温泉に行ってきた。伊香保神社に続く石段の両側に温泉街があり、神社からさらに山の方に入った源泉の近くには露天の共同浴場もある。鉄分を含んで茶色がかった「黄金の湯」と、新しく開発された透明な「白銀の湯」の二種類があり、旅館によって泉質が違っているのが伊香保の湯の特徴である。
伊香保の近くには、観音霊場として知られる古刹の水沢寺があり、その門前には名物の水沢うどんのお店がたくさん並んでいる。桃山時代から続く老舗のうどん屋で美味しいうどんを食べ、黄金・白銀両方のお湯にたっぷり浸かって、ここ数ヶ月の疲れを癒してきた。(写真は後日)
悲しいことにゴールデンウィーク中もほとんど仕事でした。昨日の土曜も出社でしたが、今日はかろうじて休めたので、ゴールデンウィーク中のみ五島美術館で展示されている国宝『源氏物語絵巻』を見に行ってきました。
平安後期に描かれた『源氏物語絵巻』は徳川美術館と五島美術館に一部が残存していて、五島美術館に伝わるものは「鈴虫」の2枚と「夕霧」「御法」の各1枚ずつ。「鈴虫」の場面は、二千円札の裏面に使われたことで有名になりました。女三の宮が出家しちゃってから紫の上が亡くなるまでの部分ということで、全体にしんみりとした場面が多いのですが、「夕霧」などは夕霧と雲居の雁夫妻の夫婦喧嘩に女房たちが聞き耳を立てているようなユーモラスな場面です。
ただ、昨年の秋に見に行った、同じ五島美術館の『紫式部日記絵巻』に比べても剥落が激しいようで、墨で描かれた部分以外は何が描かれているのかよく分かりません。『源氏物語絵巻』については、先ごろ、きれいに着色された復元図が作成されており、その写真が添えられていて絵の構成が分かるようになっていますが、この復元図にしても、これだけ剥落した絵からよく作成できたものだなと感心しました。
先週も先々週と似たり寄ったりでした。このごろ午前2時くらいに退社できると、今日は早く帰れたな、と嬉しく思えたりする。今週あたりが山かなぁ…。
先週月曜は午前2時半にタクシー帰り、火曜は午前4時半タクシー帰り。水曜は泊まりで、木曜も泊まり(どちらも寝たのは午前5時半)。金曜は完徹で午前8時に退社。土・日はなんとか休めましたが、昼間は寝てたので、お花見も夜桜になってしまいました。
今週はまともな生活が送れるといいなあ…。
![]() 六郷用水沿いの夜桜 |