YAGOPIN雑録

世界あくせく紀行

スターフェリー

● 香港編・夜の部


 ガイドブックを見る限り、どうも香港という都市はどこもかしこもショッピングストリートだらけであるらしい。巻末の数ページにわたって掲載されている「有名ブランド早見表」をぱらぱらとめくりながら、香港は、ショッピングにまったく興味のない僕2X歳と父5X歳が二人旅をするには、およそ適当な場所とは言えないのではないかと考えた。香港の歴史は160年ほど。しかもその割譲は南京で、返還は北京で決まったのに象徴されるように、香港自体で起きた世界史的な事件は、日本軍の香港占領くらいしか思いつかない。広州あたりまで足を伸ばせれば、それなりに見どころもありそうだが、わずか2泊3日の旅では、それもかなわない。そうやっていろいろと差引いていくと、我々父子がこの香港旅行に期待できるものはと言えば、うまいものと百万ドルの夜景という2点に集約されてしまうようだった。

 香港に着いた2003年2月9日の夕刻、我々は旅行会社のバスで九龍(カオルン)半島と香港島を結ぶ海底トンネルをくぐり、さらに香港島を南北に横断するトンネルをくぐって、香港仔(ヒョンゴンチャイ、英名Aberdeen)に向かった。香港仔は、香木を積み出す港であったことから「香港」の地名由来となったとも言われる水辺の集落(香港の地名由来については異説多数)。現在は、高層マンションが立ち並ぶ香港のベッドタウンだが、かつては水上家屋に住む水上生活者たちの村として知られたそうだ。波止場の対岸には、もともと水上生活者たちのためのレストランであった水上レストランが派手な中国風の装飾をまとって海の中に建っている。今はすっかり観光名所となったその水上レストランの入り口へは小船に乗って数分で到着する。水上レストランといっても水の上に浮かんでいるわけではなく、海底とはしっかり固定された構造になっているようだ。

水上レストラン
水上レストラン

 こういったイロモノキワモノっぽいところで美味しいものが食べられるはずはないのを知りつつ、水上レストランという名前だけに惹かれて来てしまった。「白灼中蝦(蒸しエビ)」「清炒菜※遠(野菜の炒め)」などとメニューにはもっともらしいことが書いてあるが、店にいる客の大半が日本人ツアー客らしいという点からも大したものが出てきそうにないことが容易に想像できる。しばらく待たされた後で1皿目が運ばれてからは、こちらの食べるスピードにおかまいなく、機械的に次々と皿が出てきた。しかもその上に乗っている料理はと言えば、単にエビ蒸しただけっ、とか、菜っぱ茹でただけっ、というようなあまり工夫の感じられない代物ばかり。まずくて食べられないというものでもないが、わざわざ香港まで来て食べなければならないものでもない。結局合計10皿が運ばれてきたが、最後のデザートさえ8分割されたオレンジが一個出てきただけであった。食事を終え、行きと同じ小船に乗って後ろを振り返ると、水上レストランのネオンが闇夜に輝き、極彩色の光が波に漂い、とりあえずエキゾチックで幻想的な光景をかもし出している。改めてガイドブックを見ると「見に行くだけの価値はある。」と書かれていて、確かに見に来るだけなら価値はありそうだ。(※遠=正しくは草冠に遠)

ヴィクトリアピークからの夜景
ヴィクトリアピークからの夜景

 帰り道はトンネルを通らず、バスは香港島の中央にそびえるヴィクトリア・ピークへと上っていく。香港島北部の高層マンションや高層オフィスの光が車窓に輝き始め、「百万ドルの夜景」と称えられる素晴らしい夜景への期待が徐々に高まっていく。…が、その期待は標高が上っていくとともにどこかへと外れていき、展望台からは、黒い林を前景に置き、もやって光がにじんだように見える上に、遠くが霞んで広がりが感じられない今ひとつの夜景が見えるばかりだった。「百万ドルの夜景」とはそもそも神戸の夜景を評するときに使われた文句で、その由来は神戸の町の明かりの電気代の合計が概算百万ドルになるからだという。それがなぜ香港の夜景の修辞句にも使われるようになったのかは分からないが、今夜の香港の夜景は、水上レストランの食事代と合わせたオプショナルツアー代金450香港ドル(約7,200円)の価値があったかどうかも疑問である。単に条件が悪かっただけなのかもしれないが、香港の場合、暖かすぎてどうしてももやった感じになってしまうことと、夜景の名所と言われるヴィクトリア・ピークからでは、町の中心部から1kmほども離れていて、明るい光が近くに見えないことがどうしても不利に働いてしまうように思える。

 2晩しかない夜の1晩目がこのような形で終わってしまったので、2晩目はちゃんとした食事をしようと潮州料理の店に入る。潮州は香港から400kmほど離れた広東省東部の都市である。日本ではあまり聞かないこの潮州料理の店が香港に多くあるのは、潮州から香港に移り住んだ人々が多かったためであろう。メニューを見ると写真と日本語が添えてあり、なかなか期待できそうな感じである。さて、何がうまそうかな、と思い、ペラペラとメニューをめくっていると、「おすすめは何?」と父(もちろん日本語)。「ツメタイカニガアルネー、フカヒレスープ、ダイコンモチトエビノイタメモノー」などなど、あれよあれよと言う間に注文は確定してしまい、僕の見ていたメニューはウエイターによっててきぱきと取り上げられ片付けられていった。

 「あのさー。あんな注文の仕方じゃ、ぼられても仕方ないと思うんだけど。」という僕の言葉に対し、「まあ、何でも美味しく食べられればいいじゃないか。」と父は答えた。しかし、我々の前に運ばれてきたタラバガニみたいなカニは、味噌が詰まっているわけでもなく、取り立ててうまいとも思われない。試しに「How Much?」と問うてみると「About Five Hundreds.」という答えが返ってきた。1ドル16円×500ドル=カニ1匹8,000円也! 計算結果が出たとたん父も僕も急に口が重くなり、ビールの追加も頼まずに、出された品々を黙々と食べた。フカヒレのスープも月並みな味で、大根餅がまあちょっといけるかな、と思った程度。さて、食事を終えて、おそるおそる勘定書きを見ると1,159ドル。ひとりあたり10,000円弱といったところで、そんなに無茶な代金ではなかったのだが、それにしても値段に釣り合うだけの内容とはちょっと感じられない食事であった。しかもちょっとでも元をとろうと中国茶をがぶがぶ飲んだからか、腹はじゅうぶん満たされてしまい、別の店でリベンジを図ろうかという気にもなれず、そのままホテルへ直帰である。

 香港ではつい1週間ほど前に春節(旧正月)が祝われたばかりであり、「恭賀新禧」などと書かれたイルミネーションがあちこちのビル壁面に輝いている。海沿いから対岸の香港島を見ると高層ビルの壁面にも巨大な光る飾り付けがなされている。2日続けてディナーはいまひとつで、昨日のヴィクトリア・ピークからの夜景もなんだかさえない。この帰り道の夜景がきれいだったのがせめてもの慰みとさえ感じられた香港の夜だった。

ヴィクトリア港の夜景

(※香港の旅行記のホームページをいくつかのぞいてみると、ヴィクトリアピークから見た香港の夜景は「素晴らしかった。」と書かれているものが大半だが、「いまいちだった。」と書かれているものも時々ある。「素晴らしかった。」と思った方の一部もおそらく香港の夜景は素晴らしい、という先入観からそう思い込んでいる場合があるはずなので、やはり残念ながら香港の夜景は必ずしも素晴らしいものとは言えないようだ。しかし、中には文句なく素晴らしい夜景の写真が載せてあるホームページもあるので、気温などの条件(香港でもかなり寒くなることがあるらしい。)によっては本当に美しい夜景が見られるのかもしれない。また、水上レストランも、ツアーでなく個人で行けば、まだ多少はましなものが食べられるということである。)

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